旅のライブ情報誌 「Please(プリーズ)」4月号
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687723※1~7写真提供/長崎県美術館、 8 写真提供/東松泰子 ©Shomei Tomatsu-INTERFACE ※作品キャプション中の( )内はプリント年。参考文献:『日本列島クロニクル―東松照明の50年』(東京都写真美術館、1999)、『長崎マンダラ』(長崎県立美術博物館、2000)、東松照明監修『長崎曼荼羅』(長崎新聞社、2005)、『色相と肌触り 長崎』(長崎県美術館、2009)長崎県美術館。東松照明の作品を600点以上所蔵。コレクション展「東松照明/長崎のキリシタン文化」(7月24日~9月24日)では、長崎で育まれたキリシタン文化をテーマとしたものを特集して紹介。5月27日(日)までは企画展「東京富士美術館所蔵 大江戸展」開催。観覧料/大人1,400円、学生(小学~大学)800円。会期中展示替えあり。□営10時~20時(展示室への最終入場は19時30分) □休第2・4月曜(祝日の場合は翌日) ※3/26は開館 ☎095(833)2110 長崎市出島町2-1 長崎駅から路面電車で「出島」電停下車、徒歩約3分1930年名古屋市生まれ、2012年沖縄で没。岩波写真文庫カメラ・スタッフを経て、1959年、奈良原一高らと写真家集団VIVO設立。1974年、荒木経惟、森山大道らとWORKSHOP写真学校開設。泰子夫人は東松の撮影助手を務め、デジタルプリントも担当。現在、東松の手法を伝えるワークショップを開催。東松没後も海外での展覧会が多数開催され、今年はスペインでの展覧会が計画されている。写真は夫人とともに長崎市内にて 2000年 濱本政春撮影あら き のぶよし もりやま だいどうなら はら いっ こう6《時中小学校(現・孔子廟)》 大浦町 1963年(2000年)。7無題 長崎市館内町 1982年(2009年)。2009年、東松にとって長崎をテーマとする最後の展覧会に出品された作品の一つ。8無題 宮古島 1977年。東松は、若者たちと学びの場を設けるなど、宮古島は東松にとって、遅い青春時代を過ごした地。アメリカニゼーションが浸透していない独自性と強さに感嘆した。さまざまな文化をのみ込んできた長崎の歴史(時の地層)に触れた。さらには「時のチャンポン」を試みて、撮影年の異なる作品を組み合わせて発表し、またデジタル技術を駆使し被爆遺物と原爆により亡くなった持ち主とを重ねた作品等を制作した。東松は長崎との出会いによって「時」に囚われたのだ。 かつて東松は、被爆者から「ピカドン」とは光と音との間隔が長い傍観者の表現であり、「ピシャ」が被爆者の実感的表現であるということを聞いた。どうしたら被爆者ではない自分が「ピシャ」に近づくことができるのか。 長崎をテーマとする最後の展覧会「色相と肌触り 長崎」(2009年)では、長崎の日常の背後に、「ピシャ」の瞬間|11時02分の閃光に支配された虚空が広がるかのような|常ならざる気配を湛えた作品群約300点を発表した。東松は、強靭なまなざしで、長崎の数百年の歴史と、11時02分、現在進行形の今という、さまざまな時を捉え得るに至ったのである。とら

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