旅のライブ情報誌 「Please(プリーズ)」6月号
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23811121314151617「宮崎は一つ」を合言葉に その後も度重なる台風に襲われるなど試練は続くが、出荷量は年々増加し、平均単価も上昇していった。1993年には「宮崎は一つ」を合言葉に、「宮崎県果樹振興協議会」内に、約280人からなる「亜熱帯果樹部会」を設立。たった8戸の農■マンゴーをよく洗い、種を中心にしてナイフを入れる。■種のある中心部を残し、左右に切り分ける。■ナイフでさいの目状に切り込みを入れる。■皮の部分を裏側から押すように反り返らせる。■盛り付けたら完成。[画像提供/(有)磁]参考資料:「みやざきマンゴー物語」/宮崎日日新聞社■県内の物産館や空港では、マンゴーを使ったお菓子も数多く販売されている。「宮崎マンゴーラングドシャ(宮崎産マンゴー使用)」10枚入り788円(税込)。[画像提供/宮交ショップアンドレストラン株式会社]■「宮崎マンゴープリン(宮崎産マンゴーピューレ使用)」6個入り1,080円(税込)。宮崎マンゴーを使ったお菓子マンゴーの切り方家で始めたマンゴー栽培は、宮崎市や串間市、日南市など県内各地に広まり、メンバーは視察に訪れた人々に、自分たちが苦心して培ったノウハウを余すところなく教えた。 こうした動きを後押ししたのが、行政の応援である。 生産者、JA、県が一体となって、完熟マンゴーの栽培技術の確立を目指し、販路拡大を加速する。安定した苗木を供給できるよう育苗施設を整え、産地化に向けて拍車をかけた。やがて1998年には「太陽のタマゴ」という名称が商標登録され、3年後に県のブランドとして認証された。2004年には、ついにマンゴーの取扱高が10億円を突破し、さらに2007年には東国原英夫知事のPR効果で一気に知名度が高まり、今日に至ったのである。 県民がつくった産品を県民が愛し、広める。このブランディングの成功の秘訣とは何か。 現場でマンゴーの技術指導に当たってきた宮崎県農業経営支援課の鈴木美里さんは、「皆で一丸となって新しいことに挑む気持ちと、確固たる信念があったからでは」と語る。たとえ生産量では沖縄に及ばずとも、技術力ではどこにも負けない。そんな自負が支えているのだ、と。 マンゴー一つ一つを非破壊糖度センサーで糖度測定する「太陽のタマゴ」。今後も安全・安心で、環境に優しいマンゴーづくりをさらに進化させるという。ちなみに5月25日は「みやざきマンゴーの日」。その週を境に前後1週間は「みやざきマンゴーうぃ〜く」としてにぎやかなイベントも催され、宮崎は本格的なマンゴーの季節を迎える。■2007年5月10日に伊勢丹新宿本店で行われた、東国原知事(当時)による完熟マンゴーのPR。811131214151617

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