旅のライブ情報誌 「Please(プリーズ)」12月号
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3白馬江の遊覧船はクドゥレ渡船場から乗船。女官たちを祀る皐蘭寺下の船着場に、唐の将軍・蘇定方が龍を釣り上げたという岩場がある。唐・新羅に敗れた百済は大和朝廷を頼り、日本が援軍を送った白村江の戦い(663年)の場所でもある。 扶余は538年から123年の間、百済の都だった場所。街に入ると、恐らく当時と変わらない錦江の悠々とした姿が目に入る。美しい朝霧の中、渡船場から古風な遊覧船に乗った。おだやかな川面を眺めていると、時と時の狭間にいる、そんな感覚すら生まれる。 この美しい川には歴史の物語がある。百済を攻めるため、唐の将軍が川を渡ろうとすると霧が立ち込めた。地元の老人に聞くと「先代の武王が龍となり守っている」という。将軍は愛馬の白馬の首を切り、その首で龍を釣り上げると霧が晴れ、百済制圧に至ったという(660年)。その言い伝えから錦江は、白馬江とも呼ばれる。またその戦では、3千人の宮廷女官はくばこうはくそんこう(はくすきのえ)そていほうまつコランサこうきん百済の古都小さな世界遺産の街扶余プヨ부여Buyeo幻想的な霧の川面に流れる哀しい物語

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