旅のライブ情報誌 「Please(プリーズ)」12月号
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412346789105■貞節を守り身投げした女官たちを祀る皐蘭寺。■寺の裏にある王が愛飲した霊泉。1杯飲むと3歳若返るといわれている。■寺の壁に描かれた女官たちの絵。■皐蘭寺、落花岩などを含む扶蘇山城。約2キロのウォーキングコースでもある。■落花岩は、落ちて行く女官たちの衣が花のようだったことから名付けられた。その崖の上には東屋が建てられている。■百済の優美な文化を反映しているといわれる、五重の石塔がある定林寺址。百済に勝利した唐の蘇定方が「大唐平百済国碑銘」と刻ませた文字が今も石塔で確認できる。■百済30代の武王が王となる前に新羅で恋に落ち妃となった善花姫のために作った宮南池(634年)。■歴史テーマパーク百済文化団地には王宮を再現した泗沘宮などがある。■季節の新鮮な葉野菜で、焼肉、ご飯、辛味噌などを巻いていただくサムパブ(イメージ)。■石焼ピビンパも地域によって食材が変わる。山の方に行けば山菜が豊富に(イメージ)。たちが貞節を守って崖から身を投げたという悲話も残る。霧は今も女官たちの悲しみを、やさしく包んでいるのかもしれない。  百済を日本語で「くだら」と読むのは、大きな国を意味する韓国語「クンナラ」が語源という説がある。古くから日本と交流があり、蘇我氏と親密であったとか。時を経て、古都・扶余が奈良の明日香村、福岡の太宰府市と姉妹都市でもあるというのも興味深い。 現在、扶余郡の人口は約7万人。そこに年間約54万人の観光客が訪れる。2015年に扶蘇山城、定林寺址など遺跡や古墳を含む百済歴史遺跡地区が、世界文化遺産に登録された。これによって高句麗、新羅と並び三国時代の古都が一様に世界遺産となった。 その三国時代の都を、人に例えて表現することがあると、地元の人が教えてくれた。平壌(高句麗)は母のような街。慶州(新羅)は友達。そして扶余は、時の過ぎた美人だという。美しい静けさの中にどこか寂しさがある、大人が味わいたい街であると思う。12345691078プソサンソンチョンリムサジコランサそていほうサビグンクンナムジ

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