旅のライブ情報誌 「Please(プリーズ)」12月号
7/32

51113141516181217 新羅は唐と結び百済を滅ぼした後、668年に高句麗を制圧。三国時代は幕を閉じて、半島は統一新羅の時代となった。新羅初の女王・善徳女王の甥である武烈王(金春秋)の時代で、まさにドラマの歴史舞台である。 その王都が慶州であり、千年の都だった時代の栄華を現代に伝えている。仏教が伝来した後、極楽浄土を体感できる場として造られたという仏国寺(創建528年)、その先の山中にあり如来坐像が設置された石窟庵(751年建立)など、貴重な世界遺産がある。街の中心には古墳公園があり、緑の小山がポコポコと並ぶ。その眺めは少しユーモラスで、おとぎ話の世界のようだった。■掛陵は第38代元聖王の陵墓といわれる。周辺は土地が低く、墓を掘る際に水が溜まったため、棺が水に浸からないように掛けて埋葬したことから、掛陵と呼ばれている。■陵墓を見守る獅子。対面にあるもう一つの獅子は、入り口を向いて見張っている。■西国の渡来人と見られる武人像。■アジア的な顔立ちの文人像。■慶州名物の皇南パン。直径4cmほどで餡がぎっしり詰まっている。■王都ではさまざまな料理が並ぶ韓定食を(イメージ)。■新羅仏教の中心・仏国寺。門をくぐるごとに煩悩を払い、極楽へと入る。■花崗岩を積んだドーム型の石窟に坐す如来像。保存のためガラス越しの拝観となる。画像提供:韓国観光公社画像提供:韓国観光公社111213141516ファンナムぼんのう1718ぶれつおうキムチュンチュ韓のくに歴史散策ビートルで行く古代王朝新羅の1000年の王都慶州キョンジュ경주Gyeongju遺跡と古墳が集まる「屋根のない博物館」

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る