旅のライブ情報誌 「Please(プリーズ)」1月号
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1脱臭剤の思い出 福井県の永平寺に座禅を組みに行ったのは、二十歳のときだった。お寺という俗世間から離れた場所や、ストイックさという自分に欠落した美質に、興味と憧れを抱いていたのだと思う。十一月で肌寒く、はだしで歩く廊下がつめたかった。お寺のなかの静けさと一日の規則正しさ、徹底した色味のなさを憶えている。宿坊にもお堂にも日が入らないようにしてあるので薄暗く、私物をすべて預けて借り物の修行着を着た私自身もまたモノトーンで、まるで白黒映画のなかにいるようなのだった。 そこでの体験は、私にとって驚きの連続だった。雲水さんたちがみんな、風貌も言動も体育の先生のようだったこと、食事のときの特別な作法(器を洗ってはいけない。薬指と小指は使わずにいただく)、膝をつかずにお尻をあげてする雑巾がけが難しかったこと、読経がたのしかったこと、座禅を組むとくるぶしに痣ができること̶̶。 けれど、なんといってもいちばん印象に残っているのはトイレのことだ。学校のトイレを思わせる造りの、広々として清潔なトイレだった。グレーのタイルばりで、がらんとしてひとけがなく、寒々しくもあった。一列にならんだ個室のそれぞれに一つずつ、まるい脱臭剤がぶらさげてあった。けばけばしいピンクや黄色や黄緑色のそれらは、徹底してモノトーンな空間のなかで、感動的なまでに俗っぽく、どこかシュールでいじましく見えた。はじめて目にしたとき、扉のあいた個室の列の前に、大袈裟ではなく私は立ちつくした。あのときの衝撃と親近感は忘れられない。親近感̶̶。脱臭剤に親近感を抱く日が来ようとは思ってもみなかったが、実際、そのけばけばしくまるいものたちは私に似ていた。外の世界から持ち込まれた異物であり、お寺の静かさにも荘厳さにも、全然似合っていなかった。まるで自分を見るようだった。 一つだけ違うのは、私はじきにここをでて外の世界に帰るけれど、このものたちは二度と外にはでられないのだということで、そう思うと私はなんだか敬虔な気持ちになった。目の前にあるその脱臭剤たちが、悲しくも勇敢なものたちに見えた。トイレには小さな窓があり、でもすこししかあかないので外の景色は見えなかった。洗面台の水はつめたく、蛇口はぴかぴかに磨かれていた。 あれが、私のしたはじめての一人旅だった。江國香織1964年(昭和39年)東京生まれ。1987年『草之丞の話』で『小さな童話』大賞、1989年(平成元年)『409ラドクリフ』でフェミナ賞、1992年『こうばしい日々』で坪田譲治文学賞、『きらきらひかる』で紫式部文学賞、1999年『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞、2007年『がらくた』で島清恋愛文学賞、2010年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、2012年『犬とハモニカ』で川端康成文学賞を受賞した。小説以外に、詩作や海外絵本の翻訳も手掛ける。旅ドロップ江國香織文=33けいけん

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