旅のライブ情報誌 「Please(プリーズ)」4月号
3/32

1帰る場所のこと 旅が好きなのに、旅から帰ると嬉しいのはどういうわけだろう。帰れば家は掃除を必要とする状態で、郵便物もメイルもファックスもたまっていて、冷蔵庫が空っぽなので買物に行かなくては料理もできないというのに。 家族に会えるから、というこたえは当たっていない。家族で旅をした場合でも、家に帰れば嬉しいのだから。 旅がたのしかったり充実していたりすると、その旅のさなかに、帰りたくないと思うことはある。帰れば原稿の〆切が待っているとか、掃除その他の雑用に追われるとか、日常生活のあれこれにひそむ、さまざまな理由で。でも、帰りたくない帰りたくないと思いながら旅をした場合でも、家に帰ると嬉しいのだ。全く理屈に合わないことに。 昔、家族で外食したり親戚の家を訪ねたりして、半日くらい家をあけたあと、帰ると母がよく門の前で、「ああ、よかった、家がまだあって」 と言った。子供だった私は内心、は? と思っていた。家がまだあるのはあたりまえでしょ、なかったらおかしいじゃないの、としか思えなかった。でもいまは、母の気持ちがこわいほどわかる。「ああ、よかった、家がまだあって」 旅から帰って嬉しい気持ちのほとんどは、それに尽きるのではないかと思う。 留守にしているのが半日であれ数日であれ数週間であれ、家がまだあるのは決してあたりまえではないのだ。火事にもならず地震で崩れもせず、車が突込みもせず犯罪者にあがり込まれもせず、ちゃんと家がそこにあることは。 建物だけのことではない。そこに自分の居場所が「まだある」ということ。旅にでて、家から物理的に離れただけじゃなく、一時的にとはいえ気持ちも離し、たぶん一瞬家のことを忘れさえして、それなのに「まだ」帰る場所があるというのは、考えてみれば奇蹟に近い。 九州とか北海道とかアメリカとかヨーロッパとか、旅好きなのでともかくどこかにでかけたくて、実際にくり返しでかけ、見るもの聞くもの会う人たべるもののすべてに心を動かされ、胸も頭もいっぱいにして駅なり空港なりから旅行鞄と共に帰ると、驚くべきことに家はまだそこにあり、しかも、依然としてそこが自分の居場所なのだ。 旅から戻って嬉しいのは、そのことに毎回胸を打たれるからかもしれない。江國香織1964年(昭和39年)東京生まれ。1987年『草之丞の話』で『小さな童話』大賞、1989年(平成元年)『409ラドクリフ』でフェミナ賞、1992年『こうばしい日々』で坪田譲治文学賞、『きらきらひかる』で紫式部文学賞、1999年『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞、2007年『がらくた』で島清恋愛文学賞、2010年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、2012年『犬とハモニカ』で川端康成文学賞を受賞した。小説以外に、詩作や海外絵本の翻訳も手掛ける。旅ドロップ江國香織文=最終回36

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る