旅のライブ情報誌 「Please(プリーズ)」6月号
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21参考文献/大分県立歴史博物館特別展図録『生誕200年記念 賀来飛霞-おおいたから日本の近代を切り拓く-』(2016年)、宇佐市・宇佐学マンガシリーズ②『幕末の賀来一族 飛霞と惟熊 本草学の神様と大砲を造った大実業家』(梓書院、2013年)、辻英武「賀来飛霞」(大分県教育委員会編『郷土の先覚者』中巻、1981年)。飛霞が使ったと伝わる絵具箱。引き出しの中には、絵皿や絵筆が残っている。(福岡県個人所蔵)賀来飛霞の本草学がたどり着いた先 明治時代、飛霞は伊藤圭介の求めに応じて上京し、東京大学小石川植物園に勤めて植物研究に没頭した。 その成果の一つが、伊藤とともに1881年(明治14年)に出版した『東京大学小石川植物園草木図説 巻一』である。この図説の植物解説は、すべて飛霞が書いているが、これは日本で2番目の植物図鑑であった。 翌1882年には、伊藤とともに東京植物学会(現在の日本植物学会)の創設にも力を尽くし、日本における近代植物学の誕生に大きく貢献している。 その後、1888年に佐田村へ帰郷、故郷の自然に親しみながら自適に過ごし、家族や門人たちに見守られながら1894年(明治27年)に亡くなった。 さて、賀来飛霞の本草学を、彼が生きた幕末から明治にかけての時代の中で捉えると、それは「人と自然の近代化」だったと位5クジャク写生図。6「鳥類図稿」トモエガモ。7「魚蟹図稿」カサゴ。8「虫類図稿」クロアゲハ。飛霞の写生図の真髄は、鳥類を描いた写生図にもよく表われている。対象を実物大で描くため、クジャクを描いたものは縦約90㎝、横180㎝余りの大きな写生図になっている。また、描き取るのは姿形だけではなく、トモエガモを描いたものには、自身で「小鴨中、味最美者」と書き込んでいる。つまり、「小鴨の中で、味がもっともおいしいもの」という、食した際の感想が示されている。一方、ビロードキンクロを描いたものには、「味不佳」とまずかったという感想が書かれている。この鳥を食べたらどんな味がするのだろう?̶̶飛霞の素朴な好奇心が垣間見える写生図である。これら写生図は、精緻に観察し経験した、日本の自然の有り様を示している。飛霞は文字や言葉ではなく、写生図を通して自身が感じ取った自然を表現した本草学者であった。すい こ せつ置づけることができる。写生図から垣間見えるのは、細やかな観察力と、経験にもとづく徹底した実証主義の姿勢である。 幼い頃から取り組んできた本草学を通して飛霞が体得したものは、いわば「科学的な視点」であった。1880年、科学的な検証にもとづいてカッパの存在を否定した「水虎説」という論文を書いている。飛霞の本草学は、「科学的な視点」によって自然を見つめ直す新しい時代をもたらしたと言えるだろう。8765掲載作品は、とくに断らない限りすべて福岡県個人所蔵、大分県立歴史博物館寄託。作品画像は大分県立歴史博物館提供。大分県立歴史博物館は史跡公園「宇佐風土記の丘」に立地する。現在、館内の改修工事のため休館中。今年8月中に開館の予定。入場料/一般310円 高・大学生150円 □営9時〜17時(入館は16時30分まで) □休月曜(祝日・振替休日の場合は翌日) ☎0978(37)2100 宇佐市大字高森字京塚https://www.pref.oita.jp/site/rekishihakubutsukan/

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