旅のライブ情報誌 「Please(プリーズ)」8月号
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19……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………約3,000坪の工場では、ボンタンアメをはじめとする16種類の菓子を製造。工場の約8割が女性で、母親の目線で作られている。「セイカ食品株式会社」 ☎099(254)0685 鹿児島市唐湊4-4-51菓子問屋「松浦屋商店」を始めたころの様子。23パッケージや宣伝活動にもこだわった玉川壮次郎は、ボンタンアメの広告塔を兼ねたトラックや三輪車で全国をくまなく回らせ、その名を広めた。4徹底した衛生管理の下、手間暇かけた工程でつくられる、ボンタンアメ。ボンタンアメ14粒入り120円(税別)、兵六餅14粒入り120円(税別)。4123 「南国特産」と記された、色鮮やかなパッケージ。オブラートで包まれたそのひと粒を口にすれば、たちまち柑橘系の爽やかな香りと、もちもちした食感に満たされ、ついもうひと粒と手が伸びる。 1924年(大正13年)、鹿児島に生まれたセイカ食品の「ボンタンアメ」は、全国にその名を知られるロングセラーだ。姉妹品の「兵六餅」とともに、今や郷土を代表する菓子として広く親しまれている。 セイカ食品のルーツは、明治36年創業の「松浦屋商店」にさかのぼる。初代はアイデアマンの玉川壮次郎。大正8年に「鹿児島菓子」を設立した彼は、水飴製造を始め、水飴を使った朝鮮飴などもつくる。その折、工場の女子工員た南国情緒たっぷりの郷土思いのひと粒わらぬおいしさを伝え続ける、ロングセラー。ボンタンアメ兵六餅ひょう ろく もち変かん きつちが、休憩時間に余った朝鮮飴の切れ端をハサミで切って丸めるのを見てひらめいたのが、ボンタンアメの始まりだった。朝鮮飴に阿久根産のボンタン果汁で風味をつけ、当時人気を集めたキャラメルと同じように、ポケットサイズの箱で売り出したところ、評判に。その販路は中国大陸にも及び、そうして今なお変わらぬ優しい味で人々を魅了し続けている。

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